カメラという機材を通して視野を制限する事は、散漫に入ってくる視覚情報を意識的に取捨選択する行為ですので、自分の感覚や志向に敏感になる事ができます。それは、「写真」の持つ簡便性(シャッターを切るだけで写る=誰でもが表現できる)により、技術レベルに左右されません。
つまり、「写真」というツールは、その簡便性により、誰でもが簡単に自己表現を行う事ができるため、初心者、子どもや高齢者、障害者などにも簡単に自己表現する事が可能です。逆に、撮影のテクニックや機材の種類の抱負さにより、イメージの具現化には無限の可能性があります。
ゆえに、カメラを手にするあらゆる人に可能な表現ツールです。
写真に関わる行為は全て自分以外の対象が必要になります。それは被写体であったり、写真そのものであったり、写真を見せる相手であったりします。そこには必ず「対話」があり、コミュニケーションが発生します。その時、対象と一対一で向き合うよりも、自己が投影された物理的産物を介在させる事で、客観的な自己表現やコミュニケーションが可能になります。
思い出の共有・感動の共有も、すぐ写し取れ、簡単に人に見せる事が出来るということで、「思い出の共有」「感動の共有」もより容易に潤滑に行われます。
また、カメラを介することで、被写体とのリレーションシップを安定させる事ができます。ロールプレイ的に擬似関係を演出するこができ、撮る側と取られる側という立場を明らかできるので、相手との距離を測りやすいからです。